スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

実践の相 ~蕎麦工房 膳~ vol.1 


たとえば美味しい蕎麦を打つこと。素晴らしい蕎麦屋を営むこと。そこに不可欠なファクターがあるとすれば、何があるだろうか。

もちろんいくつも挙げられるのだろう。それどころか、もしかすると枚挙に暇が無い程に存在するかもしれない。でも次の3つは確実に存在している。

「感性(抽象性・イメージ)」
・「理性(ことばとその体系化)」
・「実践(具現化・具象化)」


この3つが三位一体となり、欠くことができないものとなっている。あれこれと感じたり考えたり、やってみたりしなければならない。というか単純な話、これらは我々が「簡単じゃない」「難しい」と見なす行為全般に貫徹されているファクターである。

blue_into_blue.jpg

興味深いことに、この京都で名高い手打ち蕎麦かね井蕎麦屋にこら蕎麦工房 膳は、見事なまでにその特色が異なる。各々が、上の三位一体モデルにおけるもっとも色濃い部分が異なっている。
かね井は感性的。フィーリングにもっとも重きを置いている。にこらは理性的。途中で感性と実践を経るにしろ、初めと終わりがことばや理論で成り立っている。
そして今回取り上げる膳は、何といっても「実践」の色が濃い。それも、かね井の感性色の濃さよりもにこらの理性色の濃さよりもずっと濃い。

今回はそんな、いかにも「実践的」な蕎麦屋の話である。

蕎麦工房 膳 案内板 -1




本来ならば地域住民しか通らないような、そして車は途中で行き止まりを食らうような住宅街の狭い通り沿い。そんなところに、関西でその名を轟かす蕎麦屋が鎮座している。しかもこの一帯に馴染み過ぎているといっても過言ではないような、いかにも「普通の住宅を改装しました」といわんばかりの外装で。

蕎麦工房  膳 店先

             蕎麦工房 膳 店先の石臼

一応の営業開始時間は午前11時半。でも15分前には店前に到着しておくのが無難だと思われる。というのも、店側の準備が整えば、それぐらいの時間帯に入店できることを知る近所の常連さん達は少なくないようだからだ。さらには、それを知ってか知らずか、早めに到着する遠方からの遠征組までもいる。
自分より先に到着する人たちが少ない日であれば、少し先客がいようとも別に構わない。でも先客が多い日には、後述する理由も併わせ、思いのほか待たされることとなる。

いかにも「普通の住宅を改装しました」といわんばかりのお店の前で待つ。そして開店時間の15~5分前になると、ご主人が暖簾をかけに出てこられる。それを皮切りに、外待ちのお客さん達は皆こぞって入店する運びとなる。

店内は、外貌で抱かされる印象通りの自宅改装型の大衆的な意匠となっている(実際にご夫妻が住まれているのは、また別のところなのだけど)。それはちょうど、地域住民御用達の食堂や居酒屋のようだ。

蕎麦工房 膳 アイアンアート 蕎麦工房  膳 店内2
蕎麦工房  膳 店内3 蕎麦工房  膳 店内1

とはいえ「ちょっと散らかっているのもご愛嬌」といった類の大衆性はなく、概ね整理整頓がなされているし、清潔感が保たれてもいる。
少し異なるのは、ご主人と奥さん(この人は、「女将さん」よりも「奥さん」という気安い呼称がよく似合う)の自作アイアンアートが店内のそこかしこに点在していることだろうか。

卓上に置かれたお品書きに目を通す。
これがまた、嘘のようにシンプルな内容だ。

蕎麦工房 膳 お品書き

もともと品数は少なかった。でもこの春にはさらに「鴨汁そば」も供されなくなり、蕎麦は3種類に減ってしまった。
時に「本当は『鴨汁さん』なのでは・・・」と思えるほどに鴨を好まれるこのお方の落胆振りやいかに。

とはいえ、お品書きでは3種類だと思える蕎麦に関しては、実はもう少し用意されている。

まずおろしそばは、おろしを「別盛り」にするか「ぶっかけ」にするかを選べる。これで蕎麦は4種類。
さらにその4種類の内「ぶっかけ」を除く3種類は、蕎麦を「細かい目」と「粗い目」を半人前ずつ頂くか、そのどちらかを1人前だけ頂くという3パターンを選べる。3×3+1。これで蕎麦は10種類。
さらに、ぶっかけは基本的に「粗い目」で供されるが、お好みで「細かい目」の蕎麦を選択することもできる。3×3+1×2。と、これで蕎麦は計11種類用意されていることになる。
さらにいえば、膳の蕎麦は日替わりないし週代わりで栃木県益子産と長野県塩尻産と福井県丸岡産のいずれかで打たれる。挽き方も微妙に、時には大きく変えられる。11×6×?。もうわからない。ただ蕎麦に間しては、何百通りものバリエーションがあることだけは確かだ。

しかしそうはいっても、蕎麦の隠れたバリエーションの多さが、この空間の内外装を魅力的にするわけではない。清酒も肴も一種類しか用意されていないのも変わらない。
何せ売り切れ早仕舞いを常とする蕎麦屋なのだ。本当は素敵な空間作りも品数を増やすことも可能なはずである。でも、そうしない。
きっと他の「素晴らしい蕎麦屋」ならばその溢れんばかりの感性と知性を蕎麦という受け皿だけで受け止めるのは難しいのだけど、膳は「溢れない程度」なのだろう。
それでも高評価を得ている蕎麦屋なのだ。蕎麦が余程美味しいに決まっている。

注文したものを待つ間は、連れ合いと話して和むなり(カウンター席であれば)ご夫妻とお話しするなりすれば良い。あるいは一献傾けるとか。

・英勲 焼きみそ付

焼きみそは白味噌がベース。

蕎麦工房 膳 英勲 焼きみそ付き

甘みは抑えられてコクと旨味だけを残し、焼き目の香ばしさと共に味わわす。
噛む内に蕎麦の実の甘みと香りも広がっていく。

清酒は「押し」の際の淡くも豊かな甘みと香り、「引き」の際に舌の奥で発泡するかのように静かに弾ける辛みのバランスが良い。

一口また一口とばかりに猪口を傾けながら、ご主人の働き振りを眺める。いや。屋内が酔わす時・空間ではないから他に見るものもないというのが実情なのだけど、それにしても本当にすがすがしい働き振りである。

調理を始める前や手が空いた際の彼の「○○しましてん」「○○ですねん」という柔らかい口調とのギャップで余計にそう見えるのだろうけど、眉間にしわを寄せてそれはもう真剣かつ丁寧に働かれている。
それが真剣に見えて実はパフォーマンスだというあざとさは伺えず、真面目に集中しているのがわかる。

そしてこの蕎麦屋の方針なのか、先に入店したお客さんから後へと順序良く作るというよりも、先に入店したお客さんをなるべく待たせないように調理されている。とりもなおさずこれこそが、私が上で「後述する」と述べたなるべく早い入店をお勧めする理由なのである。

そうして打たれる蕎麦はいかなるものなのか。

○ もりそば(栃木県益子産)

・ 細かい目

ご主人曰く「今日は『これでもか』っちゅーぐらいに細かくしましてん」という、黒い殻混じりの十割蕎麦。敢えて凝視するまでもなく、切り揃えや水切りの良さがわかる。しかもそれでいて、艶やかな光を放ってもいる。
美しい。息を飲む。

蕎麦工房  膳 もりそば(細かい目)
(一人前)

蕎麦を口に運ぶ。
「おっ」。
まずは、その食感の素晴らしさに気を向けられる。「これでもか」と細かく挽かれたこの蕎麦。噛み進めると、蕎麦の内側密度の高さを感じさせる。
「弾力」ではなく「張力」とでも表せそうな張りがあり、芯も弱くない。しかしそれでいて、肩の力の抜けた柔らかさもある。
啜って、噛む。それだけで、ご主人が蕎麦に望む際の緊張感も緩みもこちらに伝わってくるようだ。

蕎麦工房  膳 もりそば(細かい目)2

さらに噛み進めていく。
たとえば粗挽きの(黒殻交じりの)田舎蕎麦のような、穀物の香りと甘みが「暴れる」ことはない。しかし上述の食感と併せて味わうと、まるで静かな厳かさを醸すような、緊張感と気品の高さを持つ美味しさを味わえる。
「野趣」と形容するのを憚られるような澄んだ穀物感を漂わせているとでもいえようか。

ビジュアルや食感、味わいの全てにおいて、格の違いや貫禄を見せつけられるような、実に素晴らしい蕎麦である。

・ 粗い目

黒い殻の混じっていない、丸抜きの粗挽き十割蕎麦。細かい目に比すと、やや太切りである。しかし目を凝らすまでもなく、切り揃えや水切りの良さがわかるのは同じ。

蕎麦工房  膳 ざるそば(粗い目)
(一人前)

口に入れて味わう。そして感じる。静謐でいて、しかし同時に並々ならぬパッションが脈打ってもいることを。
鼓動があり、威厳がある。
並の十割蕎麦とは迫力が違う。
旨味と香りの伝わり方が違う。
凄い。
旨いとか舌鼓を打つという以上に、または興奮・感動するという以上に、気圧されてしまうものがある。

蕎麦工房  膳 ざるそば(粗い目)-2

甘みと香りは共に強くて綺麗で、並の十割蕎麦では及ばない。にもかかわらず、それが過度になり過ぎるのが回避され、身が引き締められているのがわかる。
逆にいえば、引き締まっているのに、放出される甘みと香りに加えて、その内側にさらなる甘みと香りをみなぎらせているのがわかる。
旨味や甘味が醸成された凄味を宿している。


生命感と躍動感、そして厳かな威容を誇るのが栃木県益子産の蕎麦。ただしインパクトという点では、次の福井県丸岡産が勝る。

○ もりそば(福井県丸岡産)

・ 細かい目

黒い殻混じりの十割蕎麦。

蕎麦工房 膳 もりそば(丸岡産 細かい目)1
(半人前)

また、「細かい目」に挽かれていて幅もそう細くはない蕎麦の割には、短くなっている箇所が多い。実際に食してみても、後に続く粗い目と比較すれば確かに細かいという程度で、これを微粉ベースの蕎麦だと考えればその中ではやや粗めであることがわかる。

蕎麦工房 膳 もりそば(丸岡産 細かい目)2

じわりと来る微かな穀物香や味わいがある。しかし微粉系の蕎麦として、あるいは後に続く粗い目と向こうを張るような美点を見出だせず。
この濃度の穀物香や味わいならば、通常程度の長さでそれ相応のコシを持つ食感を組み合わせる方が良いのしれない。

・ 粗い目

黒い殻の混じっていない丸抜きで、見るからに甘皮びっしりの粗挽き十割蕎麦。やや太切りで短めである。

蕎麦工房 膳 もりそば(丸岡産 粗い目)1
(半人前)
       蕎麦工房 膳 もりそば1枚(丸岡産 粗い目)1
        (一人前)

初めに蕎麦のみを一啜りする。
「!」
下手をすればむせ返ってしまうような、これまでに経験のない峻烈な香ばしさに目を見開く。そう。実の甘い「香り」ではなく、それが強まった「香ばしさ」である。
これは「粗挽き蕎麦」と呼ぶだけは物足りない。その前に「超」を付した方が良い。
口中から鼻腔へと瞬時に充満していく、あまりにも濃密な甘皮の香ばしさ。それは甘皮&黒殻の穀物香とは異なり、ナッツのような種実類の香ばしさを思わせるものがある。丸岡産は甘みと粘りが特徴的なのであり、香り云々という話はあまり耳にしないのに。

蕎麦工房 膳 もりそば1枚(丸岡産 粗い目)2-1

覚醒させられるようなその芳香の後、強烈な甘みが来る。香ばしさを身に纏った甘みが。

この味、この香り。蕎麦の実をそのままかじる際の味わいに限り無く近いが、少なくとも十粒以上をかじらねばならないかもしれない。というか、本来ならば蕎麦の香りを薄めるはずの水が、むしろ蕎麦の実の香りにくっきりはっきりとした輪郭線を与えているようにさえ感じる。

益子産の「粗い目」が内に秘めていたパッションが、この丸岡産では余すことなく放出されているよう。極めて攻撃的でアグレッシブな蕎麦である。それはもう、自分がこの蕎麦を食べているのかこの蕎麦が自分を食べているのかがわからなくなるほどである。
いやはや。驚かされた。
本当に驚かされた。

・蕎麦を蕎麦つゆや薬味と共に

蕎麦つゆは、かえし醤油のコクも確かな和出汁の旨味もあり、なおかつサラリと掠めるような甘みをやや残すタイプ。
美味しいとは思うし、甘いつゆが好まれる地域性を鑑みても良い選択であるとも思う。かすかに甘いという程度なのも悪くない。
が、蕎麦の高過ぎる水準に対応できるのか。
つまりこの店において蕎麦を蕎麦つゆにつけて食すことが、何もつけずに蕎麦だけを啜る際の旨さに匹敵するのか。
つゆにおける甘みをあまり好まない私にはわからないことである。

薬味は山葵、ネギ。蕎麦が極めて優れているため、山葵を箸先に僅かにつける程度で十分。

ベランダから9

美味しい蕎麦を打つこと、そして素晴らしい蕎麦屋を営むことに不可欠な3つの要素。
「感性(抽象性・イメージ)」「理性(ことばとその体系化)」「実践(具現化・具象化)」
高い評価を受けている蕎麦・蕎麦屋や食べ手個々人のお気に入りの蕎麦・蕎麦屋は、この3つをそれぞれの発色・配色具合で有している。

たとえば京都には手打ち蕎麦かね井と蕎麦屋にこら、そして蕎麦工房膳という一定以上の評価を得る蕎麦屋がある。
かね井に行けばイマジナルな時・空間や料理を最も強く感じ、にこらではそこかしこに書かれたロジカルな文言を読まされるような錯覚を最も強く抱く。かね井とにこらはその最も濃い色=特色を蕎麦にのみ収めきれず、蕎麦屋の内外までをも染め上げているのである。
しかし膳は違う。蕎麦以外の料理は無いに等しく、お酒だって2種類のみ。BGMでジャズこそ流れているものの、決して酔いしれることができるような時・空間ではない。
ただし蕎麦に関しては保存・管理の段階から気を配り、少なくともにこらよりも美味しい蕎麦を打つ(失礼)。かね井の「粗挽きそば」を柔だとすれば、膳の「粗い目」は剛。そんな、蕎麦の実に対するご主人のあまりにもストイックな姿勢が伺えるような蕎麦切りが打たれている。
かくして、膳はどこまでも実質本位であり、どこまでも実践色が濃い蕎麦屋なのである。

「似て非なる」がかね井とにこらとの関係を表すのだとすれば、膳と彼らは「似ても似つかぬ」。そんなことを考えるともなく考えながら、この3つの蕎麦屋を巡るのもまた一興だ。
これだから、蕎麦屋巡りは止められない。

(最終訪問、2010年7月)

○ 蕎麦工房 膳(公式HP

住所:京都府京都市伏見区久我東町2-22(地図
営業時間:11:30~15:00(売り切れ早仕舞い多発)
定休日:火・水・木
電話番号:075-934-2620
備考:駐車場は3~4台分あるが、車での来店は何かと面倒臭い模様
   できれば11時半前、遅くとも12時前の来店をお勧めしたい
   完全禁煙
スポンサーサイト
英気を蓄える蕎麦屋 ~手打ち蕎麦 欅~ vol.0 | HOME | 西陣の地で理論を紡ぐ蕎麦屋 ~蕎麦屋 にこら~ vol.1

COMMENT

蕎麦屋を営むことに不可欠な3つの要素
蕎麦前始められたんですねv-221

表題まで 行き着いているんでしょうか?
理想のかたちでしょうか

細いのはより細く 粗いのはより粗く してまんねん!・・・
だんだん傾向が強まっているので 抜きの粗挽き好きにはうれしい店で

混んでいると寛ぎ度が低いというか 気を使うので
美味しい蕎麦を食べたい時の 取って置きという感じの使い方に限定されるのが 寂しいところ

もう少し 全国の蕎麦屋を回って ご主人に負けないぐらいに 蕎麦屋話に付き合える様にと 何時も思います。

自分にとって どの部分を楽しむかで 京都だけでも 選択肢があるのはうれしいところです。
2010/08/16(月) 16:09:05 | URL | このお方 #phHF4o9M [Edit]
このお方さん、こんばんは
残念。鴨汁さんと名乗ってはいただけませんでしたね。
フフフ。

>蕎麦前始められたんですね

「ここで呑みたい」と思わされる良い雰囲気の蕎麦屋と「蕎麦が来るまでは呑む以外にやることがない」という蕎麦屋がありますよね。

>表題まで 行き着いているんでしょうか?
 理想のかたちでしょうか

理想かどうかはわかりません。
あくまで膳さんには実践家としての傾向の強さをひしひしと感じさせられるのみです。

>だんだん傾向が強まっているので 抜きの粗挽き好きにはうれしい店で

以前にブログで「福井は 粒が小さい方が 味が凝縮しておいしい」とおっしゃっていたでしょ?
私が頂いたものは、まさしくそれでしたよ。

>自分にとって どの部分を楽しむかで 京都だけでも 選択肢があるのはうれしいところです。

ええ。おっしゃる通りですね。
私は比較することも蕎麦屋巡りの一つの楽しみとしています。
そうじゃないと、にこらには行かないかも・・・。

2010/08/16(月) 22:11:48 | URL | 京瑠璃 #3KrfhFaQ [Edit]

COMMENT FORM


TO SECRET
 

TRACKBACK URL to this Entry

TRACKBACK to this Entry

| HOME |

calendar

S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
07« 2017/08 »09

プロフィール

京瑠璃

Author:京瑠璃
蕎麦、中華そば、側(そば。つまり私たちの身近にあるもの)等、ソバ全般に関して。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
PageTop▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。