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懊悩と献身 ~山ぶき~ vol.1 

9月初旬。
例年になく、絡みつくような暑さがまだまだ続いていたこの時期、京田辺市に降り立つ。
前日までに国内最高気温を二日連続で記録していた、とんでもなく暑そうな地域だ。

しかしこの数日後、「国内最高」に疑念が持ち上がることとなる。温度計に絡まっていたツタが原因で、正確に計測できていなかったのではないかという。そして月末には、この「国内最高」は公式記録としては残らないことが決定した。
なるほど。私が訪問した日も、当然暑いには暑かったのだけど、それでも京都市内よりもまだマシだと感じられたわけだ。

近鉄 新田辺駅

それはさておき、この日の私にはさほど時間がなかった。この京田辺市のすぐ北の城陽市で、忙しくしていた。でもスケジュールの合間を縫うようにして、京田辺を訪れた。強引に作り出した時間は1時間半。半ば強行スケジュールというわけだ。
そしてこの日の私のモチベーションの全ては、いくつかの味も色気もないタスクを差し置いて、山ぶきに向いていた。
山ぶき。休日に自腹で出向くにはちょっと億劫だけど、諸々の事情に恵まれれば是非とも訪れたいと思っていた蕎麦屋である。




この蕎麦屋は、近鉄の新田辺駅のほど近く、新田辺デパートの敷地内にある。デパートとはいってもスーパーマーケットと(商店街にありそうな)個人経営店のいくつかが合わさっただけの、小規模で地域的な複合商業施設内だ。なお、このデパートの周辺もまた、同じようないくつもの個人経営店が目立つ。ともあれそんな地域のそんな施設内に、この蕎麦屋がある。

山ぶき 店前

写真でも分かるように、外観で否応無く惹かれるものがあるわけではない。
たとえばもしこの蕎麦屋を知らない蕎麦好きが偶然通りかかっても、敢えて入店しようとは思わないかもしれない。訝しがるか初めから大衆的蕎麦屋だと判断するかして、訪問を躊躇するような外観と地域イメージがある。良くいえば、地域に溶け込んでいる。

それでも私は山ぶきをこの日のメインのモチベーションとしていたため、当然だが開店10分前に店前で待つことにする。店の前を徒歩か自転車で通り過ぎるのは、老人や主婦や中高生がほとんどだ。
何かが萎えてしまいそうな気がしたので、ガラス越しにディスプレイされている石臼やお品書きを見て気を紛らわす。ガラスの向こうでは、モーター付きの石臼がグルグルと回り、細かい蕎麦粉を挽いている。でも私の注意を引いたのは、石臼じゃない。

山ぶき 産地

「竜王?」
滋賀県竜王。かつて関西ローカルで流れていたCMが印象的だった竜王スケートリンクがあった地。今は三井アウトレットパークなる大規模なアウトレットモールで名を馳せる地。バスの本数は、1~2時間に1本から1時間に3本に増えたそうだ。へぇ。蕎麦の産地でもあったのか。
しかしこの地の蕎麦を売りにする蕎麦屋のことは、寡聞にして存じ上げない。だから「どれだけ美味しい蕎麦に出会えるか」という本来の関心事とは少し異なるような、「本格蕎麦屋で供されるに等しい風味が出せるのだろうか」という、冷やかし半分の興味・関心も芽生える。

11時半になるかならないかという時間帯に、営業が開始される。そして入店する。

山ぶき 店内1

本格蕎麦屋志向を伺えるような、敢えてカタチが整えてられていない木製のテーブルが目につく。小上がりのテーブル席にも同様のものが用いられている。床が敷石なのも悪くない。
「これで照明や壁の色を落ち着いたものに変え、調度・装飾品も増やし、小上がり前に何かしらの間仕切りがあれば、完全に本格蕎麦屋化しそう」
そんな風に、脳内でコンサルティングごっこをさせられるものがある。
もっとも、この蕎麦屋や常連さんたちがそれを望むのか、つまりそれがこの蕎麦屋にとって良いことなのかは別だけど。

お品書きはまずまずの充実度。

  山ぶき お品書き1
山ぶき お品書き2

蕎麦は冷・温共に多彩で、定食もある。一品料理も豊富で、そばがきや出し巻きやそば味噌等の定番もきちんと用意されている。これでもしノンアルコールものやソフトドリンクも揃えられていれば、なおのこと良いだろう。

オーダーを取りに来られた花番さんは、まだこの仕事にそれ程慣れていなさそうな方。注文のことでこちらがいつつか質問すると、厨房に戻ってそのまま私の質問を繰り返す。
しかし緊張されているようではない。話し方やリアクション、目の据わり方、視線の安定度から、肝の据わった女性だと伺える。
ちなみにこの時点で、少し残念なことに、本日は竜王の蕎麦は供されていないことが判明した。
「じゃあ『本日の蕎麦』から外しておけよなぁ」
とは、私の心の中だけでなされた嘆きだ。

花番さんはもう一人おられ、そちらはもう少し手慣れた様子。それほどふてぶてしそうでもなかったが、仕事のおおよそのことを把握しておられるようだ。しかしこの2人の共通する、ある空気感は何だろう。

そして女将さんは、いうなれば他の誰よりも肝が据わっている。たとえば彼女からの花番さんたちへの指示は、お客さんの前であっても「地」で行われる。お客さんの前だからといって、特別にかしこまることはない。お客さんへの直接的な対応もまた、言葉こそ一応の丁寧さは保たれているけれど、それだけだ。「地」が滲み出ているし、本人もそれを大して気に留めていないようだ。

そんな女将さんを見ている内に、花番の2人にも貫徹する空気感の正体がわかる。それは彼女達全てに共通する大衆食堂的な、またはオバちゃん的な集団原理。それは、感じようによっては「温かさ」「人間らしさ」を意味する。別の感じようによっては「厚かましさ」や「卑屈さ」や「非常識さ」を意味する。いずれにしろ、この集団原理を女将さんが司っているのがわかる。

こちらとしては、当然だが本格蕎麦屋で蕎麦を頂くときのモードには入りにくい。あの、集中と脱力の中間ぐらいのモードに。正直に言って、入店前の「地域感」の後でこの集団原理に触れてしまった故に、すっかり興醒めしてしまったのだ。
しかし私の後に来た常連さんたちとはうまく溶け合うように話しておられる。そうだ。彼女達のようなあり方もまた「正解」の一つなのだろう。きっと。

言い得ぬ感情を抱えている内に、そばがきがやってきた。

・そばがき

甘皮の薄緑やへたの赤が混じった蕎麦掻。黒殻は混ぜられていない。
なおこの日は岡山県蒜山産の蕎麦が挽かれたもので、一見すると粗挽きのように伺える。

山ぶき そばがき1

口に入れる。
まずは思いのほかもっちりとした食感であることがわかる。
粗挽きとはいえど、そう粗くはないのか細かく挽かれた粉がベースとなっているのかのどちらかなのかもしれない。

山ぶき そばがき2

そして噛み進めていく。
旨味はそれ程強くない。しかし澄んだ香りがほのかに、しかし確かな強さをもってして広がっていくのを感じる。
広がり充満する香りは、一口分を飲み込んだ後でもすぐには消えない。まだいくらかは残っている。
その残存香が、次の一口の新参香を後押しする。初めの一口よりも、強く感じられるのである。
悪くない蕎麦掻だと思う。

そばがきを食し終えて間もなく、次の料理がやってくる。
出汁巻きだ。

・出し巻き

「時間がかかっても良い」「最初に下さい」と花番さんにお伝えしたが、しかし自然発生的に反故にされて2番目にやってきた料理。
女将さん曰く「ちょっとかたちが崩れてしまっていてごめんなさい(いつもはもっときれいなのよ)」とのことだ。なるほど。表面には、おそらく巻き簾でかたちを整えようと試みられたような痕跡がある。

山ぶき 出し巻き


カタチ作りには少し失敗したのだろうが、私としてはこの少しだけ崩れるぐらいのトロトロ具合の方がかえって嬉しい。
出し巻きであれ玉子焼きであれ、あるいはオムレツやオムライスであれ、相応にしっかりと固まっている内側と柔らかい外側のコントラストを好む人は決して少なくないだろう。
味わいは、味醂のコクと出汁のまろやかな旨味のバランスの良い優等生型。キリリと冷たく辛いおろし醤油は、それとは反対のまろやかに温かく甘めの出し巻きと良いコントラストを成す。醤油はおろしと出し巻きに不足する「濃さ」を補い、味の輪郭線を明確にする。

良い出汁巻きだと思う。少なくとも、この日の私の個人的な都合上「じゃあ一献」とできないのがちょっと辛くなるぐらいに。

出し巻きを食し終えた後、ややあってざるそばが供される。

・ざるそば

黒殻が混ぜられていない丸抜きの、薄緑色が美しい十割蕎麦。そばがきと同様、岡山県蒜山産だ。
ちなみにこの蕎麦屋は、蕎麦の実を一年分取り寄せ、冷凍保存するのだという。

山ぶき ざるそば1-2

ともあれ、啜り始める。
啜る段階では、まだ水を中心とする香り。水に蕎麦が混じっているような、綺麗な香りが漂う。
それ程蕎麦の角が立っているわけでもコシがあるわけでもないが、微粉系十割蕎麦特有の「弾力への未練」がある。それを慈しむように噛み、受け止める。

山ぶき ざるそば1-1

さらに噛む。噛む。噛み進める。香りはその主導権を、次第に蕎麦に譲り始める。丸抜きの蕎麦特有の澄んだ香りが淡く静かに、でも確かに漂い始める。一見するとナイーブだけど最後には持ちこたえるような、芯の強い女性を思わせる。
甘みはそれ程強くない。でも旨い。掛け値無しに良い蕎麦だ。そしてここで働く女性達よりも、ある意味ではずっと女性的だとも思える。

蕎麦つゆや山葵等の薬味がどんなものだったのか、実をいえば記憶にない。いや。記憶に残らなかった。きっと特別に良くも悪くもないのだろう。きっと特別に好みでもなければ本命でもないはずのこの蕎麦に惹かれていたのだと思う。

アメリカンハナミズキ2

「掃き溜めに鶴」といえば、それはレトリック的な誇張になるかもしれない。この蕎麦屋は掃き溜めじゃないし、蕎麦は鶴じゃない。
でも正直なところ、蕎麦だけが清廉で誠実で、そしてナイーブで感傷的な強さを持っているように感じられる。
山ぶきというある種の複数名詞の中で、ルーチン的惰性に回収されぬ唯一無二の固有名詞は「ざるそば」だと思える。
近鉄新田辺駅付近の庶民的な町並みの一画の蕎麦屋で、本格蕎麦屋になり切れぬ内外装やオバちゃん的集団原理に屈することなく、蕎麦だけが品位・品性・品格のようなものを保障している。ギリギリのラインで押し止めている。

山ぶきの蕎麦は「もっと違うステージなら私も…」と思い悩んでいるのだろうか。それとも「私がやらねば」と身を尽くしているのだろうか。
またこの街に訪れる機会があれば、蕎麦の現状を伺いに来ようと思う。

(2010年9月、初訪問)

○ 山ぶき

住所:京都府京田辺市河原御影30-8(地図
営業時間:11:30~15:00 17:00~20:00
定休日:木曜日
電話番号:0774-64-0137
備考:完全禁煙 駐車場有

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COMMENT

脱帽
思わず笑いました。(悲)

偉大なる町の蕎麦屋
手垢にまみれた沈没しかけた蕎麦屋を
何とか 蕎麦と蕎麦掻が救っています。

蕎麦以外の部分とのバランスが 大きく崩れそうな
予感を 毎回感じます。

その辺り
初回に感じ取り書かれている、実に素晴らしい

そんなところを見て居られるソリストさんの
まだ見ぬ顔が どんなんかぁなと 思わず苦笑しました。

ヌキミの店なので・・頑張ってくださいとしかいえません。
2010/10/04(月) 05:57:48 | URL | 美味蕎麦食べ人karajiru #phHF4o9M [Edit]
karajiruさん こんばんは

周辺地域や蕎麦屋を基準に考えるとあの蕎麦は「有難い」ですし、反対に蕎麦を基準に考えれば「何だかなぁ」「もったいない」と感じられるように思われましたよ。

きっと、あの人たちの言動を好まれる方も少なくないのでしょう。
私もまた、あの店が業者製粉機会打ちの「そば・うどん」や定食をメインとする安くて早い食堂的な店だったなら、そんなものだと意に介さなかったと思うのですがね。
・・・複雑な気分です。

ちなみに「ソリスト」は作り手もしくは料理のことを指していて、何も作れないただの食べ手の私じゃないですよ。はは。

涼しくなってきてようやく気力が回復してきた昨今、また近いうちにそちらにもお邪魔させてください。
2010/10/05(火) 18:39:34 | URL | 京瑠璃 #3KrfhFaQ [Edit]
竜王
竜王スケートリンク、これは懐かしいです。有りましたよねTVCM。
その竜王産蕎麦はいただけなかったようで。
蒜山もお蕎麦の産地です。
写真からは丸抜きのお蕎麦のようです。
仄かに優しく香るお蕎麦だったのですね。

噛み進めるとその実力が出てくる。
お蕎麦はやはり噛まなければと思います。
2010/10/31(日) 01:28:23 | URL | エノさん #- [Edit]
エノさん ご無沙汰しております

蒜山産の蕎麦は決して多くはないものの、関西でも頂く機会はありますよね。

竜王産が無かったのはちょっとがっかりしましたよ。
別に美味しくなくても良いので、話の種にしたかった・・・。

>噛み進めるとその実力が出てくる。
 お蕎麦はやはり噛まなければと思います。

ほとんど、あるいはあまり噛まずに味わう。それも一つの味わい方であり食べ方なのでしょう。
しかし私としては、エノさんもおっしゃるような味わい方と食べ方を通してこそ、初めて「蕎麦との対話」ができるのだと思います。
2010/11/04(木) 18:53:55 | URL | 京瑠璃 #3KrfhFaQ [Edit]

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蕎麦、中華そば、側(そば。つまり私たちの身近にあるもの)等、ソバ全般に関して。

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