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異郷の地で郷里を謡う蕎麦屋 ~そば 月山~ vol.1 


ようやく気温が下がり始めた9月下旬の週末の夕方。取るに足らない所用を終え、谷町九丁目(谷九)駅界隈へ。

三重県立総合センター2-1

このエリアにどのような謂れがあるのか。よくは知らない。
一度、少しだけ界隈を歩いてみたこともある。しかし谷町筋に沿った南北に寺院が軒を連ねていること、交差点南西側界隈では寺院や幼稚園のすぐ近くにラブホテル街があること(これってどうなのだろう)等、そういった印象しか抱けないようなエリアだった。
谷九のもう少し東側にある上本町(上六)駅界隈と併せ、そのうらぶれ方や陰鬱さや卑しさがどうにも好きになれない。
人も資本も多いから、一見すると活気がある街であるかのように映る。しかし何故だろう。新鮮な空気や風を頑なに拒み続けてきたような澱んだ空気の塊を想起させるものがある。
歳を取り、それなりに時を過ごしてきたからだろうか。どこかの街を歩くと、ある種の「気配」を感じるようになる。

と、本来なら敢えて訪れることもない谷九。その交差点の北東側を北上する。目的地は駅に程近いはず。だからすぐに到着できる。
ほら。

そば 月山 店前

ここは夜営業が17時開始で、1日10食限定の十割蕎麦を供すそば月山
10食だけの限定だからできれば開店直後に伺いたかったし、さりとて自分が居を置かない大阪の店に17時に入店というのはなかなか難しかった。もちろん二八蕎麦には関心が向かないため、たとえば19時以降の訪問には興味がない。

つまるところ、「念願の」といえばちょっと大袈裟なのだけど、「ようやくの」初訪問がかなったというわけだ。




暖簾をくぐると、まずは短い廊下がある。右手側に打ち場、厨房出入り口と続く廊下は、そのままお客さん用の広間へと連なっている。
広間を始めとする内装は、郷土色が強いながらもシックな作り。さらに照明は落とされ気味で、まずまずムーディーな雰囲気となっている。BGMではクラシックが流されている。初めに流されていたパッヘルベルのカノンはあまりこの雰囲気と合わないような気がするが、その後に流されたチェロ中心の楽曲は相性が良い。

花番さんに案内され、カウンター席へ。その際に花番さんに何か言葉をかけられる。
「本(ワッハッ)板(ハッ)ません(ハッ!)」。
私よりほんの少し先に入店したであろう3人の団体客の笑い声が響き、よく聞こえない。まあ良い。おそらく聞き直す程のことでもないのだろう。

ともあれ、お品書きを見てみる。

そば 月山 お品書き そば 月山 お品書き2
そば 月山 お品書き3 そば 月山 お品書き4

蕎麦と一品料理だけで十分過ぎるほどに充実している。しかも一品料理は産地が記されたものが多く、否応無きまでに様々な方面へと食指を動かされる。なるほど。厨房にはご主人始め3人もおられるのだが、それも納得である。

清酒もまた種類が多く、悩ましい。

そば 月山 お品書き6-1 そば 月山 お品書き6-2

その他コース料理も充実している。

そば 月山 お品書き7 そば 月山 お品書き8 そば 月山 お品書き9

それにしても悩ましい。この日自分が注文するものは前もってある程度決めてきたつもりだが、それも揺らいでしまう程だ。でもまあ良い。十割蕎麦を食すことだけは確定事項だし、一品料理は花番さんを呼んでから、思い付きで決めれば良い。

そして花番さんを呼ぶ。

私「『大山 封印酒』をグラスの<冷>で。それとこの三元豚(「山形産三元豚のあぶり焼き」)と出汁巻き、山形野菜入りの方(「だし巻き(山形野菜入り)」)と、あと十割蕎麦が夜限定10食で食べられると伺ったのですが、お品書きのどこに?」

花番さん「はい。それはこの『板そば』です。でも今日は店主が手を怪我してしまっていて、お出しできないんです。本当に申し訳ございません」

目の眩むような、にわかに受け入れ難い事実を突きつけられる。よりにもよって、やっとのことで訪問機会を掴んだ私が訪れるこの日に限って、十割蕎麦は一日0食限定となってしまっていた。
おそらく先程の花番さんは「本日は板そばをお出しすることができません」とでも言ってくれていたのだ。

「あ、そうですか。じゃあ、『もりそば』で」

ポーカーフェイスを装い、もりそばを注文し直す。でも言うまでもなく、実際は少なからず失望している。いや、大いに失望している。
そりゃあそうだ。やっとのことでこの蕎麦屋の十割にありつけると思いきや、実際はこれまでほとんど見向きもしなかった二八蕎麦を食すことになるのだから。

「あ~あ、今日は一体何のためにここに来たのだろう。もう何でも良いや」

破れかぶれになる。
「今・ここ」を満喫することを諦める。
この後、自分が2度に渡って舌鼓を打つことになるなどとは想像すらせずに





「板そば」を注文できない不運への失望感をまだ完全には払拭できずにいた頃、眼前に冷えたグラスが用意される。花番さんが、そこに日本酒を注ぐ。ああ、そうだ。自分で注文したのを忘れかけていた。

・大山 封印酒

グラスに並々と注がれていて、アテにはそば豆腐があしらわれている。

そば 月山 大山 封印酒

この酒に罪はない。そんな程度のドライな心情で一口啜る。
「!」。
唐突に視界が開けたような錯覚に襲われる。
爽やかにして軽やか、しかし深々と広がる旨味(甘み)。鮮やかで眩しい無数のきらめきのような、複数のフルーティー(と形容するほかない)な味わいと香り。その旨味と複数の果実感が「味覚・嗅覚の外」に出ないように、全体を引き締めてくれる適度に利いた辛味。返す波のようにすっと引いていく爽やかな後口。

これは旨い。実に旨い。たった一口で、「板そば」に出会えなかったやるせなさを払拭してくれた。
そればかりかこの酒には、私が液状の飲食物、つまりスープや汁ものやソースやタレやその他飲み物全般に求める理想形としてのエッセンスが全て詰まっている。

・だし巻き(山形野菜入り)

そば豆腐を食し終えてしばらくすると、手に包帯を巻いた男性がこちらにだし巻きを供す。そうか。この人が御主人なのか。

そば 月山 だし巻き(山形野菜入り)

「今日はモロヘイヤ入りです」とのこと。

ひとまず口にしてみる。うん。食感は印象に残らない。でも穏やかな出汁感が良い。味醂が効き過ぎていない点も良い。
モロヘイヤは、その特有の旨味やクセを少しだけ発揮していたが、味わいという点において特別な存在意義は見出だせない。これは「山形野菜」「栄養価が高い(高そう)」というイメージと共に楽しむべきか。

適量の辛味大根と醤油と共に味わうと、良い具合に味が引き締まる。結果、この出汁巻きとしての優等生的で良質な味わいを愉しめる。もちろん酒の肴としてもだ。

・三元豚のあぶり焼き

私は「さんげんとん」とコールしたが、後に花番さんが「さんげんぶたの炙り焼きです」と言った豚の炙り焼き。正しくは「さんげんとん」だと思うがいかに。

そば 月山 山形産三元豚のあぶり焼き

三元豚そのものは、まるでしゃぶしゃぶ肉のような、獣臭をまるで放たない仕上がり。口中で徐々に滲透していくような品の良い旨味は、予め振りかけられた塩とブラックペッパーで引き立てられている。
しかしスダチをかけ、なおかつ野菜と共に食すと、肉の存在が霞むことなく、むしろより一層引き立てられる。
美味しい。
酒がドンドン進むという濃い味付けの料理ではないが、どちらもゆっくりしっとりと味わわせる。

三元豚を食し終えて少し経ち、眼前に蕎麦つゆと薬味が供される。
「旨いお酒に出会えただけでも良かった。あとは不運への妥協として、仕方なく二八蕎麦を頂く」。
そう。清酒や2品の料理である程度モチベーションを回復していたとはいえ、この時点ではまだ「仕方ない」との思いが強い。

私より先に入店していた団体客の朗らかな笑い声が聞こえる。それさえも、この心の中では空しく響き渡る。

と、程なくして、「もりそば」が供される。

・もりそば

山形産の蕎麦を中心に打たれた二八蕎麦。粗めに挽かれ打たれているためか、短くなっている箇所もある。

そば 月山 もりそば

箸で山を崩し、自らに手繰り寄せる。
「あれ?」。
食す前から漂ってくる。これまでに食してきた数多くの旨い蕎麦に共通する、特有の香りが漂ってくる。
何も香り自体が特別に良いわけではない。それどころか、蕎麦の食べ歩きをしない方からすれば単なる匂いでしかないはずだ。
でも多くの蕎麦通・蕎麦好きが経験則として得ているであろう、旨い蕎麦の予兆としての香りがある。

「自分はこの後、この蕎麦を旨いと感じるのか?あまり好まない二八蕎麦なのに?」
少し混乱しつつも、まずは何もつけずに一口。そして二口。
食感は、二八蕎麦といわれて一般的に連想されるであろう蕎麦(細かく挽かれた蕎麦粉と小麦粉)ほどの強
度を誇っていない。喉越しは悪くないが、コシが強いわけではない。
たとえばむしろ、しゅばくの十割蕎麦の方が印象的なコシの強さがある。
しかし角は立っていて、凛とした舌触りがある。

そば 月山 もりそば2

噛み進めていく。何度も何度も噛み進めていく。
そうして、自分の「二八感」を一度リセットしなければならないことを認めざるを得なくなる。味わいが「二八蕎麦としては」という条件を一切要さない立派なものなのだ。

黒殻と甘皮由来の、実の甘さを「死なせない」程度の穀物香があり、同時にその穀物香と拮抗するような実の甘みも立っている。
しかも、小麦の存在を感じない。
いや。
小麦の存在を感じはする。ただしそれは小麦香としてではない。小麦は小麦としての色を消している。
ただ、黒殻交じりの粗挽き蕎麦特有のダイレクトな濃密さをマイルドな濃密さに仕立てているという役割を通じて、存在を感じさせるのである。
ちょうど濃厚なエスプレッソに絶妙の質量で溶け込むホットミルクのように。

これは旨い。そしてそれ以上に、刺激的な味わいだ。
私の中で体系破壊がなされ、再構築に向かっているのがわかる。

かつて手打ちそば 和のご主人が私に言ったことがある。
「ツナギとしてではありません。味わいのために小麦粉が必要なんです」
「(私は外二で打ちますが)細切りを二八で打っても構わないと思っています」
熱っぽく語る御主人にふむふむと頷きながらも、内心では首を傾げていた。
「味わいのため?よくわからないけど、もしこの超粗挽き蕎麦が十割ならば、さらに鮮烈な甘みと香りがほとばしるのだろうか。ならば十割で打って欲しいな」とさえ想像し、願った。

でも今ならば、和の御主人がいわんとしたことも少しわかる気がする。

・蕎麦つゆ

辛め。でも蕎麦自体の主張が強いため、それぐらいでなければ抗することができないのかもしれない。
興味深いのは、静かな水面に水滴が落ちて生じる波紋のように旨味が広がっていったこと。この広がり方は初めてだ。
蕎麦つゆを軽視する傾向にある私だが、このつゆの新鮮味と旨味は存分に堪能できる。

その他、薬味の山葵を蕎麦にほんの少しだけ添えて食す。
うん。やはりこれも旨い。
ただ、この蕎麦は何もつけずに頂くのが一番美味しい。蕎麦つゆも山葵も、箸休めのようなものだ。

団体客の朗らかな笑い声は、そのまま朗らかに響いている。

月山2-1

失望の反動としての悦び。新しさに出会い、それを何とか形容したいという欲望を着火する刺激。
この、重い空気を暗に漂わせる街の「気」を払うには十分だ。

次回訪問時には、やはり今回逃した十割蕎麦である「板そば」を狙う。それは間違いない。
でも、今回頂いた「ざるそば」にかなうかどうかはわからない。
どうであれ、大阪という異郷の地で山形というさらなる異郷の地を謡うことになるのだろう。
自分が全然知らない体系に身を委ねること。あまり知られていないが、これもまた悦楽の一つのあり方なのだ。

(2010年9月、初訪問)

○ そば 月山

住所:(地図
営業時間:11:30~14:00
     17:00~22:00(ラストオーダー)
定休日:月曜、祝日
電話番号:06-6763-0199
備考:喫煙可(でも蕎麦屋では吸わないでね)
   駐車場無し


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COMMENT

疑問
素朴な疑問?
店主怪我で板蕎麦が無い・・
では 通常の蕎麦は もう一人の男性が打っている?のかしら。
二八なら打てるが・・十割は難しいのか?

先週 某所で 同じように開店を襲う。限定15食の手挽き蕎麦を注文したら
花番さんが戻ってきて 12月は打たないと、
意味が良くわからないが 食べられないらしい
聞きなおす気もなく 生粋ザルを頼んだが
矢張り 帰ったら良かったと後悔しています。(笑)

次善の策が当たるのは希有な出来事です。
2010/12/13(月) 09:21:43 | URL | 美味・・ #phHF4o9M [Edit]
もしや偶然の産物か
美味・・さん、ご無沙汰しております

>店主怪我で板蕎麦が無い・・
では 通常の蕎麦は もう一人の男性が打っている?のかしら。
二八なら打てるが・・十割は難しいのか?

お、思いつきもしませんでした。
そうか。
もう一人の方が打ったにしろ「せめて二八だけは」と御主人が頑張ったにせよ、私が頂いたものは滅多に頂けない及び偶然の産物だったかも・・。

これからはたとえ二八でも、粗挽きなら「どうせ二八でしょ」を捨ててみよう。
そんな風に思わされた味わいに出会えなかった恐れもありますね。

>限定15食の手挽き蕎麦を注文したら
花番さんが戻ってきて 12月は打たないと、
意味が良くわからないが 食べられないらしい

時代も時代ですから、できればそういう情報はお店の公式HPにでも載せてほしいですよね。
それがないなら新設するなり何なりして。

もしそれが関西の店であれば、間抜けな私が間違ってそこに行かないよう、あとでこっそりとお教えください。
2010/12/14(火) 05:59:23 | URL | 京瑠璃 #3KrfhFaQ [Edit]
京瑠璃さん、お久しぶりです。 ^^

ただ1つ揺るがない気持ちだった「十割そば(板そば)」は・・・残念でしたねぇ。
私が同じ立場だったら、相方に「コレが食べたくて、お店に来たのに・・・ブツブツ。」と八つ当たりをしてしまうと思います。 >_<:
けど、写真の雰囲気とか京瑠璃さんの表現内容的には、結果はOK!だったのかな?
最後の風景写真とかも・・。

『手打ちそば 和』さんの「味わいのために小麦粉が必要」という事もあるんですね。
2010/12/22(水) 11:17:10 | URL | こま #JK/.nkhc [Edit]
ブラック
こまさん こんばんは
あまり久し振りという気がしないのは気のせいでしょうか(私が歳を取ったのか・・・)

>私が同じ立場だったら、相方に「コレが食べたくて、お店に来たのに・・・ブツブツ。」と八つ当たりをしてしまうと思います。 >_<:

ねぇ。
でもすぐ近くに従業員がいるから、ちょっと難しいですよ。

>けど、写真の雰囲気とか京瑠璃さんの表現内容的には、結果はOK!だったのかな?

ええ。美味しかったですしね。
それに今後は粗挽きの二八ならば目を向けてみることにしましたから、むしろ選択肢が増えて良かったです。
もし「板そば」があれば、「もりそば」の方を頂くことはなかったでしょうね。
災い転じて福となす。

>『手打ちそば 和』さんの「味わいのために小麦粉が必要」という事もあるんですね。

「ああ、そういうことだったのか!」とばかりに目から鱗、勉強になりました。

ちなみにコーヒーを喩えに出しましたが、私は未だブラック一辺倒です。
昔「このミルクの加減は良いな」というコーヒーに出会ったことはあるのでは、自分では再現できずじまいなので。
2010/12/23(木) 19:09:36 | URL | 京瑠璃 #3KrfhFaQ [Edit]

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