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線香花火の儚さと強さ ~手打蕎麦 じゆうさん~ vol.1 


少し冷え込み始めた11月の半ば、所用があり東京へ。
降り立ったのは、JR東京駅である。

ホームの階段を降りて一つ目の改札へ。この辺りから、自分が動いているのではなく「動かされている」という感覚が強まり始める。関西でいえばJR京都駅や阪急梅田駅、神戸は三宮駅。そこで抱く感覚と同じである。
何せとてつもない数の通行人がバラバラのベクトルを持っていて、しかも足早に交差するのだ。
前後左右、斜め前方と後方、急ストップに急な方向転換。様々な運動体が入り乱れていく。

penguin.jpg

当然、私は「動かされている」ばかりではない。往々にして人は自分と人ごみを切り離した上でその不快感を語るが、自分も人ごみの一部である(あった)ことを忘れてはいけない。
この東京駅でもまた、私も人を「動かしている」ことを実感させられる。

閑話休題。
この東京駅では東京メトロに乗り換え、池袋駅で下車する。さらに池袋駅で西武電鉄の池袋線に乗り換える。そうして池袋駅から3駅目が、私が降りる東長崎駅だ。
「ふぅ。やっと着いたよ…」
知らない土地で人ごみとなり、知らない電車を何度か乗り換えたせいだろう。本来よりも長く時間がかかったように錯覚し、疲れを感じているのだ。
池袋駅界隈とは打って変わるこの駅界隈の庶民性も、目的地までの何でもない住宅街にさえもヒーリング効果があるように錯覚してしまう。なんと大袈裟な。

さて。駅からは10分か15分歩けば、手打蕎麦じゆうさんに到着する。
暗い。ある蕎麦の取り置きを電話でお願いしていたから良かったものの、もしそうしていなければ臨時休業かと心配になる暗さだ。

手打ち蕎麦 じゆうさん ファザード





目の前の旧十三間道路(現、目白通り)に因む名を持つこの蕎麦屋には、当初は行く予定などなかった。というか、存在さえ知らなかった(だって他所モノだもの)。
こことは別に行きたい蕎麦屋が2、3軒あり、その情報を集め、どの時間帯にどう訪問するかをスケジューリングしていた。
しかし諸々の事情によってそれが急遽不可能となってしまい、取り急ぎこの蕎麦屋を消去法的に選択したというわけだ。
「まあいいか。1日15食限定の手挽きも気になるし」と。

しかしそれにしても、お店の前が本当に暗い。「臨時休業…じゃないよな」「もしかしてまだ準備中?」と少し不安になったし、戸のタイプが見えにくくてどう開けるかを一瞬迷ってしまう。
向かって右側だけでなく、せめて左側も灯して頂ければありがたいなぁ。

心持ち、恐る恐る中に入る。
小奇麗な和の空間だ。そしてジャズが流れている。いわば和モダンなのだけど、どこかに庶民的な風情を残している(後で知ったのだが、以前は出前もしていた街蕎麦屋だったという)。
それにしても椅子の背とクッションをすっぽりと覆う白布が、何だかKKK団を想起させる。

手打ち蕎麦 じゆうさん 店内

夜営業開始時間から10分ほどが過ぎていたが、先客はいない。従業員も皆厨房にいるようで、まだ私はその存在に気付かれていない。
「(営業…してるよな?!)」
いよいよ不安が大きくなりそうだった時、女将さんらしき方が私に気付く。
「いらっしゃいませ」「どうぞお好きな席へ」との案内は、まるで親しい親戚をもてなすかのような気安さだ。
その気安さに私も
「(良かった。臨時休業でも準備中でもなかったのね)」
との安堵のため息をつく。

頂くものは既に決めていたが、一応お品書きを。

手打ち蕎麦 じゆうさん お品書き1

手打ち蕎麦 じゆうさん お品書き2-1

この2枚はごく一部。
本当はもっと多くの冷蕎麦に温蕎麦、肴、清酒、甘味等でそれ相応の充実度を誇っている(興味がおありの方は食べログでどうぞ)。
とはいえ今日の私が注文できるのは、2種類の蕎麦のみ。スケジュールの都合上、呑むわけにもその衝動を誘引する肴を頂くわけにもいかない。

注文したものを待つ間、カウンター席から厨房を見るともなく見る。
女将さんの他に男性が2人、歳を召された方と若い方がいる。おそらく前者がこの蕎麦屋のご主人で、後者が修行中の身の方なのだろう(この日から数週間後、若い方がご主人だったのだと知って驚く。「dancyu」の1月号に顔写真付きで紹介されていたのだ。)。
皆取り立てて急ぐわけでもなく、ピリピリしているわけでもない。ダラけているわけでもない。もちろん殺伐とした空気に包まれているわけでも倦怠感が漂っているわけでもない。
3人が各々の役割を淡々と、あるいは粛々と遂行しているようだ。

ややあって、女将さんが蕎麦を持ってやってくる。

・常陸 十割せいろ

黒殻が交えられていない丸抜きで、実が細かく挽かれた十割蕎麦。蕎麦の名産地として名高い常陸の蕎麦が挽かれていて、山葵や白髪ネギ、蕎麦つゆと共に供される。

手打ち蕎麦 じゆうさん 常陸十割せいろ

食前から、その切り揃えの良さがわかる。私は茹でムラが出なけりゃ気にしないというかむしろ少しだけ不揃いなぐらいの方が好きなのだけど、蕎麦には一家言あるぞといわんばかりの猛者=蕎麦通をひとまず黙らせ、納得させ、魅せるビジュアル的な要素も大事なのはわかっている。

手打ち蕎麦 じゆうさん 常陸十割せいろ2
(ちょっとブレました)


ビジュアルはさておき、手繰ってみる。
(…)
噛み進めてみても、これといって印象的な味と香りは放たない。でも啜る際に「スルスルッ」だけではなく「(ビシッ)」という倍音が響いたように錯覚させるものがある。
角が立っているのだ。
しかも水切りが良いし、前述した幅だけではなく長さも揃っている。おまけに、相応のコシもあって喉越しも良い。
そりゃあ倍音も聞こえるさ。

この蕎麦は味や香りを二の次とし、蕎麦に関して世間一般をタテに貫く慣習やヨコに連なる価値基準にどれだけ奉仕できるかで勝負している。
つまり、上に挙げたような主に視覚と触覚にまつわる諸条件をいくつクリアしているのかでその良し悪しが計られる類の蕎麦だ。
視覚・触覚にある程度忠実に蕎麦を打つのは、素人ならまだしもプロである蕎麦屋にとっては、必ずしも「難しいことこの上ない」という程のことではないだろう(多分)。
でもこれだけ漏れがない蕎麦を打つ蕎麦屋となると、もう少し限られてくるのかもしれない。

この十割せいろが残り3分の1程度になる頃、それを見た女将さんが厨房の方に「『田舎』(黒姫手挽きせいろ)をお願いします」と声をかける。
私が注文した蕎麦だ。
しかし私は蕎麦をゆっくりと頂く性質なので、実はこの残量だと次の蕎麦を茹で始めるにはまだ早い。そうかといって急いで食すのも落ち着かないから、マイペースを保つ。
いつものことながら。

案の定、まだ蕎麦が10分の1ほどが残っている段階で次の蕎麦がやってくる。
女将さんごめんなさい。あなたの経験則は間違っていない。ただ私が例外なんだ。

・黒姫 手挽きせいろ

黒殻や赤いへたや甘皮等が交えられ、実が粗く挽かれた田舎蕎麦。1日15食限定だから昼の内に無くなることもあるそうだけど、電話で取り置きをお願いすれば夜営業時に頂くこともできる(私はそうした)。
なお、この蕎麦は蕎麦つゆ、白髪ネギ、辛味大根、そして塩と共に供される。

手打ち蕎麦 じゆうさん 黒姫手挽き田舎1

粗く挽いていることもあってさすがに1本1本の長さは揃っていないけど、やはり切り幅はほぼ均等。
もちろん水切りも良い。角まで立っている。

手打ち蕎麦 じゆうさん 黒姫手挽き田舎2

手繰ってみよう。
(…)
確かに粗く挽かれている実の甘みを感じる。でもさほど強くは感じない。薄いとか淡いのではなく、何かの後方支援に回るというカタチで利いている。
「何か」?
それは黒殻主体の野の趣きに富んだ香ばしさである。

また、野趣は強いけれど、決して野暮ったい濃厚さを有しているわけではない。
噛み進めている段階で野趣は時々「パチパチッ」と軽く弾けるようにして一瞬強まり、また弱まって残り香となるというプロセスを経る。この強まり方と弱まり方は、静謐で儚いながらも我々のこころを打つ夏の線香花火の火花音を思わせるものがある。
さらに噛み進める内に、残り香が少しずつ追い足されていく。そうして飲み込む最終段階において、あくまで品性を保ちながらも濃くなっている野趣の存在に気付かされるのである。

「パチパチッ」「パチパチッ」と弾ける度、少しずつ追い足される野の趣き。
それでも失われない強さを持つ甘み。
「へぇ。こういう響き方をする蕎麦は初めてだな」。
新しい出会いに悦び、舌鼓を打つ。


蕎麦を一通り食し終え、蕎麦湯割りの蕎麦つゆを頂く。
白濁としたポタージュ系。濃い目のかえしとかつおの旨味が引き立てられていて旨い。

途中、厨房内の若い男性(繰り返すが、後に御主人だとわかった)と女将さんが私のところにやってきて、色々とお話ししてくれる。きっと、彼らがお手隙の際になされるおもてなしの一環なのだ。
私がその時抱いた「まああと一拍遅く、つまり蕎麦湯をもっと味わってから来て頂けるともっとありがたかったけど」との感想は、少し贅沢に過ぎるのかもしれない。

女将さんは比較的楽な物腰で話される。いわく「『大衆的な』『町場の』蕎麦屋の女将さん」だそうな。
なるほど。先代までの町蕎麦屋的女将だったと知るまでもなく、その良し悪しを感じ取れる。私は好きだが、この方は、現代のお客さんのボーダーレス&杓子定規&視野狭窄的な接客眼には耐え得ないのかもしれない(とはいえ、ネット上での彼女への評価を読んでいると思わされる。客もまた、成長・成熟しなければならないのだと)。

一方の若い男性は丁寧さと柔和さ、感性的穏やかさ、知性、そして芯の強さを併せ持ってそうな印象。慎重にゆっくりと言葉を選んで話される。
今はまだ様々なことに苦慮し、試行錯誤しておられるのだろう。しかし機が熟せば、今よりも広く深く認知され、慕われ、そして敬意を表されるような、東京の蕎麦界において重要な布置に存する男になるように予感させる佇まいがある。

関東と関西の蕎麦の嗜好の違い、この蕎麦屋の蕎麦つゆの話、私のこの後の行き先に適した電車の話。色々とお話しした。
女将さんと御主人は2人揃って思わぬタイミングでリアクションが無い時があってそれにはちょっと調子を狂わされるが、まあご愛嬌だ。その気になれば、どこまでもお喋りになれる私に任せなされ。

the_midnight_sun.jpg

そろそろ出発せねばならなくなり、「ご馳走様でした」と退店する運びになる。

帰路につき、漠然と思いを巡らせる。衝撃的あるいは刺激的なものには出会わなかったが、良い蕎麦屋の良い蕎麦で充実したひとときを過ごせた、と。
でもわかっている。この蕎麦屋でいくつかの肴を摘みながら清酒を呑んでいれば、もっと良いひとときを過ごせたはずだ。そんな悔恨の念もある。

満足感と名残惜しさ。この2つは、再訪欲を掻き立てるような魅力的な蕎麦屋に特有の悩ましさだ。
じゆうさんは既に素晴らしい蕎麦屋だが、先々はもっと化けるに違いない。

(初訪問、2010年11月)

○ 手打蕎麦 じゆうさん(公式ブログ

住所:東京都中野区江原町3-1-4
営業時間:11:30~14:30
     17:00~20:30 (LO)
定休日:月曜日(祝日の場合は営業)
電話番号:03-3951-3397
備考:禁煙 駐車場無し

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COMMENT

京瑠璃さん、こんばんは。

ペンギンが飛んでいる・・・泳いでいるのって、何処の水族館なんだろう?
品川とか? @_@

「ぽわぁ~っ。」とした温かいような・物憂げな灯りのお店の玄関(?)は、なんだか好きな雰囲気です♪
女将さんやご主人のお話しを聞いていると、とても魅力的なお店なんだろうななぁ・・・と思いました。
想像するだけで、「ほっこり♪」とするような・気持ちの引き締まるような感じになります。 ^^
きっと「常陸 十割せいろ」よりも「「黒姫 手挽きせいろ」の方が、私の好みかもです。
「黒姫」って、長野の黒姫高原の黒姫なのかなぁ?

KKK団って?
それと最後の写真は、異国ですか? @_@
2011/01/18(火) 20:20:48 | URL | こま #JK/.nkhc [Edit]
寒くなってきましたね
こまさん こんばんは
寒さが本格化してきましたね~

>ペンギンが飛んでいる・・・泳いでいるのって、何処の水族館なんだろう?
品川とか? @_@

フフ。旭川でも品川でもありません。関西より西にある、世間的には全然有名ではない(はずの)某水族館なんです。
また、もしかするとあの写真は前後の文章内容のレトリック的なものかもしれませんよ。

>女将さんやご主人のお話しを聞いていると、とても魅力的なお店なんだろうななぁ・・・

食べログでの評価やご主人がブログで自身おっしゃっていることから見るに、混雑時の接客に課題を
残すようですね。
でも私は幸運にも終始一人だったので(食べログの東京の蕎麦部門2位の蕎麦屋でこれは幸運ですね)、あの親子の相違点を愉しませて頂きましたよ。

>きっと「常陸 十割せいろ」よりも「「黒姫 手挽きせいろ」の方が、私の好みかもです。

うむ。きっとそうだと思われます。ちなみに、私もです。

>「黒姫」って、長野の黒姫高原の黒姫なのかなぁ?

はい。そうです。
ちなみに私は黒姫産の蕎麦を初めて頂きました。

>KKK団って?

ここでは、ごく控え目にいっても不要な団体ですと申し上げるに留めておきます。
もしあれでしたら、「KKK」で検索してみてください。

>それと最後の写真は、異国ですか? @_@

う~ん、そうですね~。
「ローマの落日」とでも題しましょうか。
なんてね。
2011/01/18(火) 20:52:16 | URL | 京瑠璃 #3KrfhFaQ [Edit]
ザンネンっ!
品川水族館は、ハズレでしたかぁ。 >_<:
実は、旭山動物園が1番最初に思い浮かんだんですけど・・。
長~~い間、水族館に行ってないなぁ。 T_T

「混雑時の接客に課題を 残すようですね。」
そぉなんですね。 ^^
そういうトコも素敵だなぁ♪
「接客業だったら、当たり前。」と言う人も少なくないかもしれませんが、常日頃課題にして心がけているのって、やっぱりカッコイイです!

「黒姫」は、正解だったんだ。 >_<v
薬味に「大根おろし」もあったので、そうかなぁ・・・と。
黒姫の近くの「戸隠そば」の特徴の1つだから♪
2011/01/19(水) 00:25:47 | URL | こま #JK/.nkhc [Edit]
こまさん こんばんは

>長~~い間、水族館に行ってないなぁ。 T_T

右に同じ。
あの写真も貰いものですしね。

>「接客業だったら、当たり前。」と言う人も少なくないかもしれませんが、常日頃課題にして心がけているのって、やっぱりカッコイイです!

はは。まあここのご主人にとっては、母上の「町蕎麦屋気質」はジレンマなようで、食べログなんかでもユーザーの母上への指摘が少なくないですが、しかし同系色ばかりでまとまっていないのも良いことだと思われますよね。
こちらとしても「はいはい。○○と同系統ね」って簡単にカテゴライズしなくていい。

>薬味に「大根おろし」もあったので、そうかなぁ・・・と。
黒姫の近くの「戸隠そば」の特徴の1つだから♪

福井と長野の蕎麦の産地は、少なくとも昔は「蕎麦と大根ぐらいしかできね~よ(米も耕したい・・・)」な事情もあったようで、二つの食材は自ずから身を寄せ合っていったのでしょうね。

2011/01/19(水) 22:44:39 | URL | 京瑠璃 #3KrfhFaQ [Edit]
寒中お見舞い申し上げます。

こちらのお店、名前は存じておりますが・・・
いかんせん東京蕎麦なので・・でも一度お伺いいたしたく。
年末に東京へ行った時、つくづく江戸蕎麦には縁のない人間だと思い知りました。

手挽きも噛みしめると蕎麦の香りが鼻にと下りぬyける様な雰囲気です。
2011/01/21(金) 23:01:36 | URL | エノさん #- [Edit]
エノさん こんばんは

私もまた、江戸蕎麦には縁がありません。
と、これは東京に限った話ではありません。
生活圏に無い蕎麦屋だと何だか、たとえば「神田まつや」「藪そば」と聞かされても、「ふ~ん」としか思えなくて・・・。

もちろん好機に恵まれれば、今回のようにどこぞに訪問いたします。
でも特に他所の地域を蕎麦の面で羨ましくなるわけでもないこと、つまり関西でも美味しい蕎麦が多々頂けるようになったのは、嬉しいことですよね。

手挽きは、私が頂いたものはどちらかといえばそば殻メインでした。
ただ蕎麦も食べ手も生きものなので、何ともいえないですけどね。
とても美味しかったことには相違ありません。

2011/01/24(月) 00:47:02 | URL | 京瑠璃 #3KrfhFaQ [Edit]

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蕎麦、中華そば、側(そば。つまり私たちの身近にあるもの)等、ソバ全般に関して。

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