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現実の顕在性と潜在性 ~ダイエットを通じて~ 

私は時々、取るに足らない空想に駆られることがある。
いわば空想遊びである。
たとえば、「一杯入魂」。

一杯入魂

ラーメン屋などで稀に見かけるような、四文字熟語に模した決意表明のことばだ。
敢えて説明するまでもないが、「一杯一杯に魂を込めてラーメンを作ります」というクサい意味である。
ということは、だ。



作り手の魂は一日に何十何百もに分裂し、ラーメン鉢内に注入されていることになる。
あるいは細胞と同じで、私たちはもともと魂を億単位で有しているか。
いや。でもやはり、人魂は一人につき一つじゃないか。
ならば魂が抜けたら、作り手は死ぬか仮死状態になるはずじゃないかとか。

と、こういった具合だ。

しかし、やはり「事実は小説より奇なり」である。
現実を超越する空想・想像・創造をするのは至難の業なのである。
そのことを痛感させられたのは、東大阪を歩いていたある日のこと。
とある看板を目にし、思わず歩を止めてしまった。

P1010612.jpg

「ダイエットは聞いて」
会話の中でこのフレーズを聞けば、難なくその意味を理解できただろう。
しかしこれが前後の文脈無き文で表されると、訳が違う。
ほんの少しの間だけ、考えさせられてしまった。
「ダイエットが主語?じゃあダイエットが何かを聞いているということ?」

しかしすぐに、
「ダイエット(のこと)は(私に)聞いて」
と意味すると考えるのが妥当だろうという結論に落ち着く。
なるほど。発言主体はダイエットにお詳しいようでいらっしゃる。
「日本語は聞いて」と言いたい気持ちを抑え、是非お話を拝聴してみたいものだ。

しかし、である。
問題は「(私に)」の「私」が誰なのかだ。
これがわからない。

下の写真をご覧になってほしい。

P1010613.jpg

1階は昔ながらの喫茶店で2階は幼稚園。看板はその中間にある。
「誰に聞くねん!」

空想癖がある私は、すぐに思考・想像放棄的ツッコミを抑制することにする。
そして空想する。

たとえば、2階の保育園の保育士の方々が、園児にもできるエクササイズを知っているのかもしれない。
そして「お遊戯」の時間には保護者も招待し、皆で運動しているのかもしれない。
エッホ、エッホ。

エクササイズを終えると1階の喫茶店に行き、ママさんの
「カフェインには脂肪燃焼作用があるのよ」
「でも砂糖もミルクも入れちゃだめ」
とのお話を聞きながら、ブラックコーヒーを飲むことになるのかもしれない。
そんなママさんの身体つきに対して、
「しかしその割には、随分と重力に忠実でいらっしゃるようで」
と言いたい気持ちを抑えねばならないのかもしれない。

・・・ダメだ。空想では歯が立たない。
全くもってして、「現実」にアクセスできている気がしない。
看板はそこにありありと外在しているのに、内在する真実を手繰り寄せることができない。

「現実」とはかくもあからさまであり、同時にミステリアスなものなのである。


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2012/11/07(水) 22:07:50 | | # [Edit]

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蕎麦、中華そば、側(そば。つまり私たちの身近にあるもの)等、ソバ全般に関して。

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